【前頭側頭型認知症(FTD)とは】
この記事を読む前に、少しだけ知っておいてほしいことがある。「前頭側頭型認知症(FTD)」という言葉だ。
これは、脳の前(おでこのあたり)や横(耳のあたり)の機能が変化してしまう病気なんだ。一般的な認知症と違って、物忘れが目立つのではなく、「性格が変わる」「社会的なルールが守れなくなる」「相手の気持ちに共感できなくなる」といった症状が出る。
つまり、「心のブレーキ」や「思いやりのセンサー」が、本人の意思とは関係なく故障してしまう病なんだ。
もし周りに「最近、人が変わったように頑固で身勝手になった」というお年寄りがいたら、それは性格のせいではなく、この病のせいかもしれない。
まずは、そんな「見えにくい不具合」があることを、優しく心に留めておいてくれ。
【魂のリファクタリング物語】
「ありがとう」を言わない。平気で嘘をつく。ゴミを山のように溜め込む。
そんな義母を、俺は長年「ひどい人間だ」と定義してきた。
システムの設計者として言わせてもらえば、出力(言動)がこれほどまでにバグだらけの個体は、もはや修復不能な「欠陥品」だと思っていたんだ。
だが、最近出会った「前頭側頭型認知症(FTD)」という言葉が、俺の世界を180度ひっくり返しちまった。
これは、義母を「悪人」から「不具合を抱えた愛すべき存在」へと書き換える、魂のリファクタリングの物語だ。
論理の崩壊:理解不能なレガシーシステム
俺たちITエンジニアの世界では、入力に対して期待される出力がある。親切をすれば「ありがとう」が返ってくる。これが健全な「心のアーキテクチャ」だ。
ところが、87歳の義母というシステムは、その基本プロトコルが完全に崩壊している。
心のこもった感謝はゼロ。自分の思い通りにするためには、平気で嘘のログを生成する。
さらには、ボロボロのビニール袋や何十年も前の靴を「宝物」としてアーカイブし、捨てようとすれば烈火のごとく怒り出す。
俺の論理的な脳みそは「もう限界だ、このプロジェクトはクローズ(終了)だ」と叫んでいた。
FTDという名のドキュメント:40年前の例外処理
そんな折、嫁さんから衝撃の過去ログを聞かされた。彼女が幼い頃、転んで胸を強打し、息ができずに死にそうに悶絶しているとき、母親(義母)は助けもせず笑い転げていたという。
普通の感覚なら「気が狂っている」の一言で終わりだ。嫁さんの心には、その時から「愛されていない」という深刻なエラーがトラウマとして残り続けてきた。
だが、そこに「前頭側頭型認知症(FTD)」という外部仕様を当てはめてみるとどうだ?
共感モジュールが物理的に損なわれ、衝動抑制が効かなくなる病。
「ひどい人間」ではなく「壊れたハードウェア」……。
もしそうなら、彼女は40年前から、機能不全という名の孤独な闇の中にいたことになる。
そう気づいた瞬間、俺の怒りのパケットは、静かな悲しみ、そして慈愛へと変換されたんだ。
愛のステルス・デプロイ:アイデンティティのバックアップ
ゴミを捨てられない義母のこだわり。
それは俺たちにはゴミに見えても、彼女にとっては自分という存在をこの世に繋ぎ止めるための「アイデンティティのバックアップ」なのかもしれない。
「理解できない」と切り捨てるのは簡単だ。だが、彼女が自分の存在を消去(Delete)されないよう必死に守っているのだとしたら……。
俺は決めたぜ。理解はできなくても、その「想い」だけは尊重しようと。
その上で、愛を込めて、こっそりと不要なファイルをクリーンアップしていく。それは嘘をつくことじゃない。彼女の世界を汚さずに、現実世界との互換性を保つための「ステルス・パッチ」だ。
生きているご先祖様という名のサーバー
義母は、俺の母だ。そして、脈々と続く命の連鎖における「生きているご先祖様」だ。
そう考えれば、この介護という名のプロジェクトは、俺自身のルーツをメンテナンスする聖なる作業に他ならない。
俺は今、義母をケアしながら、同時に自分自身を供養し、癒しているんだ。
確かに義母が、思いやりに溢れ、真実の言葉を話す女性なら楽しかったかもしれない。だが、宇宙が俺に配属したユニットはこの義母だ。これこそが、大宇宙が俺に与えた「最高の仕様」なんだ。
「母が生きている。それだけで幸せじゃないか」
……そう心から思える今、俺の目の前には、今まで見たこともないような明るい未来がデプロイされている。
【エピローグ】
さて、今日もまた新しい一日が始まった。
相変わらず義母は嘘をつくし、感謝も言わねぇ。相変わらずの「バグだらけ」だ。
だが、それを見つめる俺のOSは最新版にアップデートされている。
「よしよし、今日も元気にエラーを吐き出してるな」
なんて笑い飛ばせる余裕が、今の俺にはある。
あんたも、もし目の前の世界がバグだらけで絶望しそうになったら、ちょっとだけ「宇宙の視点」で仕様書を読み直してみてくれ。
案外、その不具合こそが、あんたを真の愛へと導く「隠しコマンド」かもしれないぜ。
大丈夫、あんたは一人じゃない。大宇宙の巨大なサーバーが、あんたの奮闘をすべて記録し、深い愛で包み込んでくれている。
さあ、今日も胸を張って、この不器用で愛おしい人生を生き切ろうじゃないか!
<おわり>