掃除は、呼吸に似ている。 最近、ふとそんなことを思う。レデッカーのブラシ。

隙間の向こう側は、いつも青空。

掃除は、呼吸に似ている。

最近、ふとそんなことを思う。吸って、吐いて。汚れを払って、光を入れる。

掃除という名の新しい呼吸、ドイツから届いた贈り物

かつての私は、雑巾がけがひどく億劫だった。

スーパーのデリカコーナーで、野生のカンを頼りに揚げ物や煮物をさばいていた頃の威勢はどこへやら。家の中の、特に冷蔵庫と壁の隙間、洗濯機の横といった「見えない場所」に溜まる鬼のような埃を、見て見ぬふりでやり過ごしていた。

そんな私の元へやってきたのが、ドイツの老舗、レデッカーのブラシたちである。

手に取った瞬間、驚いた。

プラスチックの温かみのないような感触とは違う、木肌の温もり。天然毛のしなやかさ。それは、長年使い込んだ木べらが吸い付くように手に馴染む、あの安堵感に似ていた。

鬼の住む隙間に、天然毛のしなやかな指先を滑らせて

早速、あの「開かずの隙間」にブラシを滑り込ませる。

暗がりに溜まっていた埃が、面白いように掻き出されていく。その瞬間、私の視界は一気にひらけた。

それは、FXのトレードで、ずっともみ合っていたチャートが抵抗線を鮮やかに突き抜けた時の感触に似ている。どんよりした曇り空が、一陣の風で真っ青な五月晴れに変わるような、あの快感。かゆいところに、ようやく手が届いたのだ。

夫の微笑みと息子の沈黙、その先に広がるFX並みの急上昇

「まるでインテリアみたいだね」

整然と並んだブラシを見て、一歳年下の夫が目を細めた。

一方で、反抗期真っ盛りの大学生の息子は、相変わらず無反応を貫いている。朝早くからお弁当を作り、部屋の掃除までしてやっているのに、返事のひとつもない。

トホホ、と思う。けれど、このブラシで掃除をしたいがために家中を動き回っている私の背中を、彼は彼なりの距離で見ているのだろう。それでいい。

細胞が「ありがとう」と歌い出し、見慣れた我が家が宇宙になる

不思議なものである。

家の隅々の埃が消えていくと、心の中にこびりついていたネガティブな思考まで、どこかへ消えてしまったようだ。

深呼吸をすれば、体中の細胞が「ありがとう」と喜んでいるのがわかる。

三年前に生死を彷徨い、こうして今、最愛の家族(と、娘が預けっぱなしの猫)に囲まれている幸せ。その輪郭が、埃を払うたびにくっきりと浮き上がってくる。

家の中が、キラキラして見える。

住んでいる場所は同じなのに、まるで別の、もっと美しい場所に引っ越してきたかのようだ。

掃除道具ひとつで、宇宙は微笑んでくれる。

さて、明日の朝もまた、あのしなやかな毛先で新しい一日を連れてこよう。

次は、どの「隙間」の向こう側にある青空を見つけにいこうか。

<ありがとうごさいます。フクヒロ・ユキ>